趣味の書道・京都・写真をつれづれなるままに
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2013年09月08日 (日) | 編集 |

京都の禅寺で枯山水の庭をよく見かける。
なぜ、禅寺には枯山水の庭が多いのか?

禅宗は、修行色がひじょうに濃い。座禅にはじまり、食事や厠(トイレ)の作法が決まっている。
また、茶室を備えた禅寺も数多い。どうも、何かを極める「道」というものと強く結びついているのだ。

これはたぶん禅宗の修行色と関連しているのだろう。(たぶんだけど)

そこで枯山水の庭だが、これは禅寺の「修行装置」だ。(禅僧が精神や想像力を鍛えるための)
枯山水の石や砂には意味がある。それを読み解くことが修行なのだ。

庭のひときわ大きな石、これは「主石(しゅせき)」。仙人が住む山、蓬莱山であったり、人生の起点であったりする。
砂で描かれた紋様は「砂紋(さもん)」。平行なのは穏やかな川の流れ、時の流れ、穏やかな人生。
波打つ紋様は波であり、激しい人生であったりする。
渦巻きは海や宇宙であったり、悟りの境地でもあったり。

枯山水の庭に対峙したら、まず主石を探すことだ。それは庭の中でいちばん大きな石である。
次に砂紋の変化を読み取ろう。激しい川の流れが海へ合流していれば、苦難を超えて悟りに達したことを意味する。

禅僧はこんな感じで庭に込められた教えを想像し、読み解き、心を鍛えているらしい。

写真は京都東山区の光明院の枯山水。昭和の作庭家・重森三玲(しげもりみれい)の手による。
石が放射状に配置されており、合唱団やオーケストラのようでもある。
「そうだ、京都行こう」のキャンペーンポスターに採用されたほか、
黒澤明監督の「影武者」の撮影でも使われた。
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