趣味の書道・京都・写真をつれづれなるままに
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2013年06月28日 (金) | 編集 |
「デザイン書道」というジャンルがある。
お店のロゴや日本酒のラベルなどに使われている筆文字だ。
既製の書体(フォント)にはない、手書きならではの温かみやインパクトがある。

私はこの「デザイン書道」にも興味があり、以前から自己流で書いてきた。
で、出来はどうなのかというと

「あきまへんわ」。

教えてくれる人もいない状況では、上達に限界があると悟った。
『早く分かれよ』と突っ込まれそうだが、やっとわかった。

私が師匠から教わっているのは前衛書を中心とした「古典書道」。「デザイン書道」とは違うのだ。
何が違うのか、分かりやすくいうとこうだ。

「古典書道」では、五言絶句とか漢詩とか、
「人生何ぞや」のような、まじめ〜なことを書く。
一方「デザイン書道」では、「うどん」「ラーメン」「カレー」「そば」とかを真剣に書く。
もしこれらを社中展で出品しようとしたら、師匠は「なめとんのか」と怒ると思う。

仕事の依頼など来たことないが、夏らしい言葉を書いてみた。
これらは、いずれ「PIXTA(ピクスタ)」や「フォトライブラリー」(リンク参照)で
公開する予定。
写真


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2013年06月25日 (火) | 編集 |
市内の文化施設で、市民美術展が始まった。
近隣市町から寄せられたおよそ300点が並ぶ。

本県は「書道王国」とも言われ、書道人口が多い。
従って書道部門への出品も多く、書道だけで
小ホールを埋めている。(他は絵画、写真、デザインなどで大ホールへ)

近年は地元高校の書道部の積極的な出品が目を引く。(書道ガールズの影響だろうか。)
奇をてらった作品は少なく、古典の臨書が中心。
顧問は基本に忠実な先生なのだろう。
好感が持てる。

私の作品は地元書人会の皆さんのグループに並べられた。
私は無鑑査だが、書人会には属していない。(師は書人会の重鎮)
書人会に入るにはそれなりの実績がいる。私はまだまだ…。

写真

展示準備中の会場。私もお手伝いした。


写真9

私の作品も無事、飾られた。
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2013年06月24日 (月) | 編集 |
文字の矯正トレーニングを始めて1カ月ぐらいだろうか、
徐々に効果を実感しはじめた。そりゃそうだ。「あいうえお」を1日10回、
1カ月にすれば、250回ぐらいは書いているのだから少しは効果があるだろう。
学校でも「あれっ、字が上手くなったね」と友達からも言われた。

こうなるとうれしい。嫌々ながらはじめたトレーニングだが、
効果が思った以上に早く現れて、楽しくもなってきた。
始めた頃は、上達するのに2、3年かかるのかと思っていた。

字は以前の悪筆に比べれば少しは上手くなった。
だが、副作用が出てきた。
それは「遅筆」だ。

お手本をなぞるというトレーニングは確かに効果があった。
しかし、私は一文字を「ゆっ〜くり」となぞっていた。
文字の形ばかりを気にして「ゆっ〜くり」なぞったため、
ものすごい「遅筆」になってしまったのだ。

学校で、先生の板書を全部ノートに写しきれない。
書いている途中で消されてしまう。困ったことになっていた。

じいさんの指導を受けて2カ月後ぐらい、「これぐらいでよかろう」と
“免許皆伝”をいただいた。といっても多少うまくなった程度なのだが。
一方で遅筆になってしまった私。そこで、私は
美しい文字よりスピードを選択した。せっかく上達したのに。

じいさんからは「最近、字が荒れているな」と飽きられてしまった。
しかし、書道には興味が沸いた。学校では熱心に書道の授業を受け、
夏休みや冬休みの書道の宿題にも楽しんで取り組んだ。
書道が好きになり、数十年後こうして本格的に始めた。じいさんのお陰だ。



kana.jpg

久しぶりに「かな」を書いてみた。かなと漢字は別物ということも、
書道を本格的に始めてから知った。私の専門は漢字をベースにした前衛書だが、
かなもいずれは勉強したい。




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2013年06月20日 (木) | 編集 |
あいうえお五十音を毎日10回なぞり書きするという、
じいさん発案のトレーニング。
こんなことを「字を教えてやる」と言った翌日、よく思いついたといまさらながら感心する。

だが、当時の私はストレスを抱えていた。遊べる時間が大幅に削られてしまったからだ。
人間、欲求を制限されると悪知恵が働く。例え6歳の子どもでもだ。

まず私は、じいさんの信頼を得るために、マジメに練習した。
じいさん監視のもと、なぞり書きを一生懸命にやった。
信頼を勝ち取り、同時になぞり書きのスピードアップを図った。
実際、何日も続ける内にスピードは上がった。

一方、じいさんにも変化が現れた。最初は、練習が終わるまでずっと私に付きっきりだった。
何週間かする内に、じいさんも畑仕事があったりしたので、
途中から席を外すようになった。私がマジメに練習しているのを見て、
安心したのもあったろう。最初だけ、細かい指示を与えて部屋を出てしまい、
終わりまで戻ってこないこともあった。そういう状態が続いたある日、私は計画を実行した。

その日、帰宅した私は、玄関でランドセルに靴を入れた。
部屋へ行くとじいさんが待っていた。ランドセルを机の脇に置き、
いつものように文字矯正のトレーニングを始めた。しばらく指導するじいさん。
もくもくと練習する私。(もちろん演技)
真剣な私の姿を確認して、じいさんは静かに部屋を出て行った。

「しめた!」

遂に計画を実行する時が来た。まるで映画『大脱走』のような用意周到ぶり。
「戻ってくるんじゃないか?」という緊張感の中、6歳の私は自分に酔っていた。
ランドセルから出した靴を窓の外に落とし、部屋から脱出した。
あの時の達成感は今でも忘れられない。

しかし、その後がアホだ。私はたっぷり友達と遊んだあと、
「ただいま〜」と玄関から家に戻ったのだ。
当然、バレていた。じいさんからこってり怒られた。親父やお袋からも。

じいさんの監視は元に戻った。

また、嫌々ながら文字の矯正トレーニングを続けることになった私。
だが、私の字に変化が起き始めた。


つづく
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2013年06月19日 (水) | 編集 |
帰宅すると、机の上に透明なガラス板、雑巾、マジックインキ、
水の入った洗面器、てるてる坊主が置かれていた。

その前に私を座らせると、じいさんは学校で使っている書き方の教則本を見せろと言った。
教則本をパラパラと見て「うん、これでよかろう」と言うや、
ひらがなの「あいうえお五十音」が書かれた見開きページを
ガラス板の下にいれ、上からマジックでなぞり書きするよう命じた。

五十音をなぞり終わったら、てるてる坊主に水をつけ、マジックインキを消す。
雑巾で拭いてまた繰り返す仕組みになっていた。

最近、印刷された文字をなぞって、字がうまくなる本が売られているが、
それと原理は全く同じだ。

言われた通りなぞっていくと、時折じいさんが「違う。もっと丸みを持たせろ」とか
「点の位置が悪い」とか細かくチェックする。
時々「貸してみろ」とマジックで書いて見せたが、確かに達筆だった。

なんとか「あ」から「ん」まで書き終えた私。「じゃあ、今日はこれで終わり」と遊びに
行こうとしたら「ばかもん!」と怒鳴られた。
「10回書け」と言う。しかも毎日。「それが終わるまで遊びに行かせん」とまで言われた。

猛烈に抗議したが、頑固じじいが聞き入れる訳がない。
じいさんが監視する中、しぶしぶ10回書いたものの、
終わったときには日はとっくに沈んでいた。

「こんなことで、本当に字がうまくなるのか?」そう思った。
「毎日これじゃ、遊びにいけない」とも思った。
上達して、スピードアップするしかなかった。

指導はくる日もくる日も続いた。その間、じいさんは私から離れない。
細かいダメ出しを繰り返してくる。なかなか遊びに行けない。

とうとう私は、ある計画を実行することにした。


つづく
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2013年06月16日 (日) | 編集 |
小学校に通い始めてしばらくたった頃、じいさんは私の答案用紙を見てしまった。
社会のテストで100点満点中、10点。しかもきったない字で書かれていた。

じいさんは口を半開きにして、私の顔と答案用紙を交互に見た。
自分の孫が10点で、しかも悪筆など、考えられなかったのだと思う。
「明日からワシが字を教えてやる」

その言葉に、私は震え上がった。
「イヤだぁぁぁぁ!!」
大声で拒絶した。しかし、親父やお袋に説得され、
翌日から習うはめになってしまった。

なぜ、拒絶したか。
じいさんが息子(私の親父)に課したスパルタ教育を聴かされていたからだ。

秀才であるにもかかわらず進学を断念したじいさんは、「息子は上の学校に」と考えていた。
息子(私の親父)はじいさんほど優秀ではなく、進学が危うかった。
そこで、親父に勉強を教えていた。

奉公先から戻り農業を継いだじいさんは、仕事を終えると夕方の縁側に座り、
キセルでたばこを吸った。その傍らにおやじを座らせ、算術(算数)の問題などを解かせたという。

問題を出し、黙ってたばこを吸うじいさん。親父がしばらく考えて答える。
答えを聞いて、黙ったまま「コン」と煙草盆のへりを叩いて灰を落とすや、
返すキセルで親父の頭に「ガツッ」と一撃を食らわした。

「間違っとる」

親父は頭を抱えて縁側を転げ回ったそうだ。
にもかかわらず「次、第二問」とじいさんは続けた。
答える親父。また違う。「ガツッ」

親父はよく言っていた。
「たんこぶの上にたんこぶが出来る漫画があるが、あれは本当だ」
その時はいつも真剣な顔だった。

そんな前歴を聞かされていた私。字を習うのが楽しいはずがない。
嫌で嫌でしょうがなかった。

翌日、じいさんと二人だけの教室が始まるのだが、
その教え方が変わっていた。

つづく




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2013年06月15日 (土) | 編集 |
私が書道を「本格的」に始めたのは、40歳の声を聞いてからだ。
それまで書道教室に通ったことはないが、ほんのちょっとだけ習ったことがある。

小学1年生の時、じいさんに2カ月ほど。それから書道が好きになり、書道の授業をマジメに聴いて練習し、
大学生ぐらいまで日常生活でも筆ペンを頻繁に使っていた。だが、教室に通って習うことはなかった。

じいさんのお陰で、中学校を卒業するまでの9年間に書道で26回入選・入賞した。
今では感謝しているが、自分から好きで習ったのではない。無理矢理、強引に教えられたのだ。

じいさんは頭がピカピカの、漫画に出てくるような頑固じじいだった。明治時代に
富山の貧乏農家に生まれ、尋常高等小学校を卒業すると奉公に出された。
勉強はできたらしい。「家に金があれば上の学校に行けた」とずっと思っていたようだ。

富山県というのは、「チョ〜」がつく教育県だ。学校の先生からも進学を勧められたじいさんは
学問がしたくてたまらなかったらしい。

さて奉公に出たじいさんは、その店の、書道の達人という主人から書道を徹底的に習った。
おやじは「店の主人はオノハ流だった」と言っていたが、たぶん「小野流」の間違いだと思う。
小野鵞堂(おのがどう)というかなの大家がいたので、その流れを汲んだ人だったろう。

書道好き、学問好きのじいさんは、孫の私が小学校に上がり、どれだけ勉強ができ、どんな字を書くのか
楽しみにしていたらしい。ところが、私はその期待を見事に打ち砕いてしまった。

つづく
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2013年06月12日 (水) | 編集 |
今日の関西地方は、気温30度を超えるところが多かったようだ。
全国を見れば35度を記録した市もあったとか。
京都も暑かった。

ただ伏見の十石舟では、川風を感じることができ、
若干涼しかった。

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NPO法人 伏見観光協会が運営している十石舟は、今年(平成25年)は12月1日まで。
所要時間55分で、大人1000円、小学生以下500円だ。
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橋の下をくぐって進む十石舟。坂本龍馬が襲撃された寺田屋も近い。
幕末の鳥羽伏見の戦いでは、激戦地帯だったらしい。

新選組の近藤、土方もこんな風に川船で伏見港を利用し、戦場を駆けたのかと想像する。
維新の英傑気分にどっぷり浸っている自分。
端から見れば完璧なアホだろう。

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舟が向かったのは三栖閘門(みすこうもん)。
閘門とは、異なった水位の川に造られる施設。門と門の間の水位を調節し、船を通す仕組みになっている。
三栖閘門は3年の工期をかけ、昭和4年3月に完成した。

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2013年06月11日 (火) | 編集 |
市民美術展に出す作品のOKが出た。
7枚書いて先生に見せたうち、私が目星をつけたのとは全く違う作品が選ばれた。
「先生、こ、これですか?」「おう、こんなもんじゃろ」
といって選ばれたのが下の作品だ。

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これは一番最後に、やけくそで書いたものだ。
うまく書けなくて「どうでもええわい」と思いっきり筆を動かした。
「選ばれんとは思うが、一応見せるか」と持っていった。それが…。


明日12日は、京都へ。伏見で十石舟に乗る予定。
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2013年06月09日 (日) | 編集 |
市民美術展向けの作品が迷走を続けている。
師の批評を受けて書き直してみたが、自信がない。
昼から先生に見せる。「OKください」と祈っている。

先生は全国規模の書道展の審査員でもある。
審査の時は上京して、ホテルと審査会場を往復するだけの日々を過ごすそうだ。

「展覧会効果を考えにゃいかん」
膨大な数の作品を審査するには、1点にかけられる時間はほんの数秒。
そうして入選を決め、その中から入賞作品をじっくり絞り込んでいく。
最初の数秒で、審査員にインパクトを与えなければ入賞は無理だということだ。

大きな書道展で賞なんか獲ったことない。
地元の市民美術展レベルでこんなにもがいとるやもん、しばらく無理やろな〜。

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2013年06月07日 (金) | 編集 |
市民美術展に出品する予定の作品を書道教室の先生に見せたところ、
「下の部分が切れておる。こっちの方がまだいい」と言われてしまった。

その作品が下の写真だが、これでもOKではない。
再考の余地あり。「ワンパターンになってきてるぞ」とも
言われた。(どないしたらええの)
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第2画は逆筆気味に書き、線の強さを心掛けた。
それは認めていただけど…。

先日、臨書した作品もアップしておこうと思う。
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中国初唐の書家・褚遂良の作品『雁塔聖教序(がんとうしょうきょうじょ)』より。
書道をたしなむ人からすれば、「今さら」の古典かもしれない。
書道を始めた初期に取り組むべき古典を、今ごろ…。(恥ずかしい)

恥ずかしいついでに、昨日撮影したそうめんの写真を…。
IMG_3597.jpg
う〜ん、今ひとつ清涼感出てないわ。ダシの位置も悪い。
青もみじも散らし過ぎ。夏の日差しも感じられん。
ライティングももっと勉強せなあかんわ。情けない。

この後、ちょっと修正したけど。
そうだ!写真販売サイト「PIXTA」とは、
どうやってリンクを張ったらいいんだろう?(わからん)


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2013年06月05日 (水) | 編集 |
 ブログを始めることにした。世間一般では、「今さら」だと思う。その「今さらごと」を
いい年をしたおっさんがやろうとすると大変なのだ。

 マニュアル本を2冊買って読み倒した。1週間かかった。未だにわからんことだらけだ。
「炎上したらどうしよう…」余計な心配が先に立つ。それでも始めてみることにした。

 ここでは私の趣味、書道と京都散策と写真、作品を載せたり、記事を書いたりして
いこうと思う。下の写真はこの間、書いた作品だ。
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 地元の市民美術展に出す予定の大字書「伝(でん)」。半切に淡墨で書いてみたのだが、書道教室の
先生から「OK」が頂けるかはわからない。紙がベコベコやね。
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