趣味の書道・京都・写真をつれづれなるままに
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2014年11月23日 (日) | 編集 |
健さんの訃報から、未だに立ち直れないでいる私だ。(それだけ好きだった。)
追悼番組をチェックし、映画も見ている。
今日は遺作になった「あなたへ」を見ねば。

同作で、ビートたけし(以下たけし)が、
27年ぶりに健さんと共演して話題になった。
初共演はお隣の福井県美浜町を舞台にした「夜叉」である。

1985年のことだ。

ロケ地に選ばれたのは、
「漁師町の雰囲気がこれほど残っている場所は全国探しても珍しい」という
理由だったと記憶している。
確か、雪の多い年で、
美浜町はもとよりわが町・敦賀市でも雪の中で撮影が行われたらしい。

敦賀駅では、妻役の田中裕子が夫役のたけしを迎えるシーンが撮られた。
バックには「つるが~、つるが~」という構内アナウンスが流れている。
引き込み線のあった敦賀港でも、線路を映し込んで撮影されたようだ。

昨日TBSのニュースキャスターで、たけしが、健さんとの初対面を語っていた。
それによると、「夜叉」撮影のため夜遅く福井入りした際、
雪の降る駅のホームで健さんが花束を抱えて待っていたという。
「高倉です。ぼくの映画に出てくださって、ありがとうございます」と、
初対面で大スターにあいさつされ、ハートを掴まれたようだ。

さて、私が気になったのは、
たけしと健さんが「初対面を果たした駅のホームがどこか」だ。
たぶん、これはわが町・敦賀のJR敦賀駅だと思う。

福井入りと言っても、たけしが敦賀をやり過ごして福井駅まで行く必要はない。
健さんらキャスト、スタッフは当時、先行して美浜町のホテルに滞在していた。
美浜町に行くには、敦賀駅で小浜線に乗り換え、美浜駅で降りる方法がある。

しかし、小浜線は本数の少ないローカル線で、
たけしが夜遅く敦賀駅に到着して小浜線に乗り換えたとは考えにくい。
そんな遅くまで、小浜線は走っていないはずだ。

となると、敦賀駅で降り、健さんの出迎えを受け、
スタッフが用意した車で美浜町入りしたと考えるのが自然だ。

健さんとたけしが初対面を果たしたのが、敦賀駅。
そんなことを考えると嬉しくなった。
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2014年11月19日 (水) | 編集 |
久しぶりに胸にポッカリと穴が開いた。
この寂寥感は、こたえる。
昨日、俳優・高倉健さんの訃報を聞いた。

大好きなスターだった。

私の尊敬する役者のマイケル・ケインはこんな事を言っている。
「スターは役を自分に引き寄せ、役者は役に歩み寄る」

マイケル・ケインは千変万化。いわば後者の「役者」だ。
一方の健さんは「スター」だったと思う。
基本、私は役によって全く違う表情を見せる「役者」が好きで、
いつも同じような演技の「スター」は嫌いだ。

しかし、健さんだけは別格だ。大好きだった。
あの存在感、にじみ出る優しさ、自分への厳しさ等がたまらなかった。

あんな俳優はいない。
アマチュア劇団で、10年役者をしていた私が言うのだから間違いない。
(大した根拠ではないが…。)

実は、健さんとわが町、敦賀市はご縁がある。
1985年、健さん主演の映画「夜叉」のロケが行われたのだ。
雪が降る敦賀駅や港で撮影された。
1カ月ほど、隣の美浜町に滞在して、ロケのない日などは時折、
わが町の人気のラーメン屋に来られたとか。
ホントに評判通りの気さくな人柄で、
写真撮影にも気軽に応じてくださったと聞く。

銀幕で活躍する姿をまだまだ見たかった。
あと、しばらくは見せてくれると思っていたのに…。

健さんは酒は飲まず、コーヒーが好きだったと聞く。
私の属するFBの書道グープの今日のお題が、たまたま「熱い珈琲」だった。
健さんを偲んで書いてみた。
柿渋で優しく。

IMG_1712.jpg


ご冥福を心からお祈りいたします。

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